大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2753号 判決 1974年5月16日

控訴人 上条正二

右訴訟代理人弁護士 笠井壽太郎

被控訴人 株式会社大一不動産

右代表者代表取締役 古屋容平

右訴訟代理人弁護士 江橋英五郎

山田和男

右訴訟復代理人弁護士 鈴木宏

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙物件目録第一ないし第四記載の土地及び同目録第五記載の建物につき甲府地方法務局昭和四三年一二月一九日受付第三四、五五〇号をもってなされた昭和四三年一二月一八日売買予約による所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に附加し、補い、撤回するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴代理人は、次のように述べた。

1  被控訴会社は、控訴人の代理人として別紙物件目録記載の土地建物(以下、「本件土地建物」という。)売買の交渉に当った窪田武平が契約締結についての代理権を有しないことを知悉していた。すなわち被控訴人側で交渉に当った植松忠雄及び筒井宣子は以前窪田と同じ不動産会社に勤務していたことがあり、当時金銭上の非違があった窪田の弱味に乗じ得る立場にあった。ところで、被控訴会社は、宅地建物取引業者であるから、その業務に関し宅地、建物売買の相手方に対し重要な事項につき故意に事実を告げず、又は不実のことを告げることはできず、また手附について貸付けその他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引することも禁止されているのであるが、昭和四三年一二月中旬控訴人に告げる機会があったにも拘らず、故意に告げることなく本件土地を測量し、また同年一二月一八日の約定に基づき翌一九日及び昭和四四年一月三一日の両度に亘り窪田に合計一五〇万円を貸付金名義で交付し、これを本件土地建物売買の手付金とすることによって、本件土地建物売買契約の締結を誘引したものである。これらの事実からみて、植松らは、融資を求めようとする窪田に土地売買予約締結の代理権のないことを知悉しながら、敢えて契約締結をするよう仕向けたことが明らかである。

2  控訴人は、窪田が金融機関から金借するにつきその債務の保証をすることを承諾して、その印鑑、印鑑証明書などを窪田に交付したことはあるが、しかし、窪田に対し、本件物件につき、売買契約を締結することはもとよりその予約を締結することについては代理権を与えたことがない。

二  被控訴代理人は次のように述べた。

1  一1の控訴人主張事実を否認する。

2  被控訴人は、昭和四四年一月三一日土地付建物売買契約書を作成する際、窪田が偽造された印章を行使していることに気付かず、売渡承諾書の控訴人名下に押捺された印章と同一であるところから、窪田が実印を使用しているものと信じていた。また、窪田は、本件土地建物の権利証を所持していなかったので、被控訴人は、権利証なくして、本件土地建物の所有権移転請求権仮登記を経由したものである。

三  証拠≪省略≫

理由

一  控訴人が昭和三一年八月二一日本件土地の所有権を取得し、昭和三四年一二月二四日本件建物の所有権を取得したこと及び本件土地建物について被控訴人のため甲府地方法務局昭和四三年一二月一九日受付第三四、五五〇号をもって同年同月一八日売買予約による所有権移転請求権仮登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  控訴人名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることについては争いがない、≪証拠省略≫によれば、不動産売買、斡旋を業とする被控訴会社の取締役植松忠雄は、不動産取引主任として、控訴人の代理人としての窪田武平との間に昭和四三年一二月一八日、貸主を被控訴人、借主を控訴人として一五〇万円を貸渡すこととの契約を締結するとともに、控訴人を売主とし、被控訴人を買主とし、本件土地建物につき代金三二一万円、建物明渡及び所有権移転時期は昭和四四年三月三一日まで、控訴人が同年一月三一日までに前記貸金を返済しないため売買の本契約が成立するに至った時は被控訴人が控訴人に対して交付した貸金一五〇万円は、本契約における手付金とすべく、控訴人は、被控訴人のため本件土地建物に売買予約による所有権移転請求権仮登記手続をすべき約定で、売買の予約を締結し、その際、窪田は、右の約旨を記載した売渡承諾書の売主欄に控訴人の住所氏名を植松の面前で代署し、その名下に、控訴人の印章を押捺したことが認められる。≪証拠判断省略≫ そして、以上認定の事実に≪証拠省略≫によれば、窪田は、種々の借金を返済するためすくなくとも一〇〇〇万円程度の借入を必要とし昭和四三年春ころ以来銀行等の金融機関と交渉を重ねていたが、これにつき義弟である控訴人に保証人となることの承諾を得、またもし予定より多額の借入れができれば控訴人自身の用途にも振り向けてやる旨申向けてその手続に必要であるとして昭和四三年一二月初旬控訴人から交付を受けていたその印鑑証明書を同月一八日、前叙売買予約の際の約定に従い、所有権移転請求権仮登記手続に使用するため、植松に交付するとともに、被控訴人側で司法書士谷山勇に準備させた右仮登記申請手続を同人に委任する旨の委任状に記載された控訴人名下に、控訴人の印章を押捺して植松に交付し、既に被控訴会社から右仮登記申請手続を委任されていた谷山勇は、以上の委任に基づいて本件仮登記の手続をしたものであること、なお、前記売渡承諾書及び委任状作成の際に使用された控訴人の印章は、窪田が控訴人から前記印鑑証明書と同じ目的で交付を受けていたものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  被控訴人は、窪田が二の売買の予約の締結につき代理権を有していたと主張するが、これを認むべき証拠はない。

そこで、表見代理の各主張について順次判断する。先ず、窪田は、二の売買予約締結の際被控訴人側に控訴人の印章及び印鑑証明書を示したから、控訴人は、本件土地建物の売買予約締結につき窪田に代理権を授与した旨表示したものであるとの被控訴人の主張につき検討する。≪証拠省略≫によれば、昭和四三年一二月一八日売買予約締結の際、窪田が持参して被控訴人側に示したものは、控訴人の印章、控訴人の印鑑証明書、本件土地建物の登記簿謄本だけで、本件土地建物の権利証は持参しなかったことが認められ、窪田が持参した控訴人の印章、印鑑証明書は、銀行等の金融機関から窪田が金融を受けることができた場合保証人となるにつき使用するため控訴人から交付を受けていたものであること前叙のとおりであるから、窪田が被控訴人側にこれを示したことのみによって控訴人が被控訴人側に対し窪田に本件土地建物につき売買予約を締結する代理権を授与した旨表示したと認めることはできず、被控訴人のこの点に関する主張は、その余を判断するまでもなく失当というべきである。

次いで、超権代理の主張について判断する。≪証拠省略≫によれば、窪田は、控訴人から前叙のように銀行等と保証契約を締結することにつき代理権を与えられていたところ、その権限を越えて控訴人不知の間に本件土地建物につき売買予約を締結したことが認められ、右認定を動かすだけの証拠はない。しかし、≪証拠省略≫によれば、窪田は、昭和四三年六、七月頃以後信用金庫等の金融機関から金融を受けようとして奔走したが融資を受けることができず、同年一一月頃前叙のとおり被控訴会社の不動産取引主任をしていた旧知の植松に本件土地建物を抵当に融資を申し込んだところ、被控訴会社は金融会社でないから、単なる融資はできないが、不動産売買を前提にした融資ならしようとの回答を受け、控訴人からは本件土地建物を売り渡す代理権を与えられていなかったので、売り渡しの形式を避けるため、「義弟(控訴人)は売ることを承知しているが、とりあえず売買予約にして本契約は先きにしてほしい。」と交渉して、前叙のとおり昭和四三年一二月二一日日歩二銭八厘の利息で被控訴人から控訴人に一五〇万円を借り受けることとし、もし期日に弁済できないで売買の本契約が成立するに至ったときは右金員はその手付金とする旨の約定で前記売買の予約を控訴人に代って締結したことが認められるところ、既に認定したとおり被控訴人は、不動産売買斡旋を業とする会社であり、当時窪田が被控訴人側に示した書類のうちに本件土地建物の権利証は含まれていなかった(窪田が当時本件土地建物の権利証を所持していなかったことは被控訴人の自認するところである。)のであるから、窪田が控訴人の義兄であるとはいえ、抵当権の設定登記の完了またはその確実な見透しのうえに融資の行われる抵当融資から売買予約融資へ話がかわった経緯に徴すると、被控訴人側としては、予約締結前控訴人に面接その他の方法で連絡してその意向をたしかめるのが当然であるのにこれを怠ったことが認められるので、被控訴人側において窪田に控訴人に代って売買予約を締結する代理権があると信ずべき正当の理由があったものということはできない。さすれば、その余の点につき判断するまでもなく、超権代理の主張もまた採用の限りではない。

進んで追認の主張につき按ずるのに、≪証拠省略≫によれば昭和四四年四月控訴人が本件土地建物につき窪田が売買予約ないし後記売買本契約を締結したことを知った後において被控訴人として控訴人に対し追認を求めて種々交渉をしまた控訴人が本件土地建物を明渡すのを容易にするため移転先を二、三紹介したことは認められるけれども、控訴人が、これに対し確定的に応諾したとのことは、≪証拠省略≫に照らし認め難く、他にこれを認めるだけの証拠がないから、結局追認の主張は採用するに由がない。

してみれば、前記売買予約は無権代理たるに帰し、その効力は、控訴人に及ばないから、被控訴人主張の日時その主張するような予約完結の意思表示があったとしても本件土地建物の所有権が控訴人に移転するわけはない。

四  そこで、被控訴人と控訴人の代理人窪田との間に昭和四四年一月三一日本件土地建物の売買契約が締結されたという被控訴人の主張について判断する。

≪証拠省略≫によれば、窪田は、控訴人不知の間にその代理人として、被控訴会社不動産取引主任としての植松との間で昭和四四年一月三一日控訴人を売主とし、被控訴人を買主とし、代金三二一万円、契約成立と同時に手附金一五〇万円を支払うべく、(但しさきに被控訴人が控訴人宛に融資した一五〇万円をこれに充当)代金残額一七一万円は、同年三月三一日までに、控訴人において担保権等一切の負担、権利を消滅させ、その登記を抹消したうえ、被控訴人又はその指定する者に所有権移転登記手続を完了し、かつ本件土地建物を被控訴人に明け渡すと同時に支払うべき旨の売買契約を締結し、右の約旨を記載した土地付建物売買契約書の売主欄に控訴人の住所氏名を代署してその名下に「上條」と刻した有り合せ印を押捺し、立会人欄に自己の住所氏名を記載してその名下に自己の印を押捺したことが認められる。

ところで右認定の売買契約の締結について窪田に代理権の与えられていなかったことは、すでに前に説示したところから明らかである。

そこで、被控訴人主張の超権代理の成否につき按ずるに、窪田には前記二に認定したとおり控訴人のため銀行等と保証契約を締結する代理権は授与されていたが、被控訴人側が窪田に控訴人を代理して前記売買予約を締結する権限があると信ずべく正当の理由を有するといえないことは前叙のとおりであり、のみならず、被控訴人は、前叙のとおり不動産取引等を業としながら、昭和四四年一月三一日前記土地付建物売買契約書を作成する際窪田武平が有り合せ印を用いたことを控訴人の真実の印章が押捺された売渡承諾書を手裏に収めつつ看破できなかったことは、被控訴人の自認するところであって、以上認定の事実に徴して、被控訴人側に窪田武平が控訴人に代って本件土地建物売買契約を締結する代理権を有すると信ずべき正当の理由があったと認めることはできないから、結局超権代理の成立した旨の主張は、これを採用することができない。

さらに右の無権代理行為に対する追認の主張の認め難いことは三に述べたところと同様であるから、右主張もまた採用することができない。

五  以上の理由により、控訴人の請求は正当として認容すべく、被控訴人の請求は、全部失当として棄却すべく、これと見解を異にする原判決は不当であるから、民訴法三八六条に従い、これを取り消すべく、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 兼子徹夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例